興味の壺

メカデザイン、機器デザイン、プロダクトデザイン、伝統的アーキテクチャー等を紹介します。

錦帯橋

山口県岩国市にある錦帯橋へ。
近づくにつれ、川の両岸には観光客の群れと土産物屋やが並び、ここが有名な観光スポットであることを物語っている。

駐車場は錦帯橋が掛かっている錦川の川原にある。
堤防を下ると、車窓越しに5連のアーチが俯瞰でる。
それは、思ったよりもずっと広い川幅を跨いで、浮世絵や時代劇の世界から飛び出した、シュールな3D映像のようだった。

錦帯橋 近づくと、強固な石積みの橋台が、川面から飛び出し、俄かに信じられないほど巨大な木製のアーチが川面を跨いでいた。
川原の駐車場から近づく我々は、それを下から見上げることになる。
つまり、巨大な木製構造物の力学理論の、おそらく模範的な解を、いきなり下から目の当たりにするのだ。

日本の伝統的木工技術の卓越を述べた記事は多いが、欧米の現実を見聞きし、井の中の蛙的に美化した非客観的な自己満足であることを知ったが、少なくとも、ここには世界に誇っていい日本の技術と美意識があった。
(日本の伝統的木工技術を軽く見ることでは決してない)

今日的には、高強度素材を用い、シンプル、巨大、あるいは意表を突いた数多くの橋梁を目にすることができる。
しかし、この橋が、木材という限定素材を用い、人力を主とした施工条件の中で生み出されたことに価値があることは、ここで繰り返す必要はない。
先般目にした、ロンドンアイ(ロンドンにある巨大な観覧車)にも感動したが、それに劣らず、いや、ある意味それ以上の驚きがあった。

この橋は、大工児玉九郎右衛門の設計により、1673年(延宝元年)完成。
しかし、翌年洪水によって流失し、その年、橋台の敷石を強化して再建された。
この改良が適切で、その後、昭和期までの250年以上、流失することなくその姿を保った(!)。

錦帯橋 下側から望む 構造は、左右から、順番に長くなった持送り(腕木)が、重ねられ、徐々に長く高く積み上げられ、最後にセンターに大棟木(おおむなぎ)が入り、キーとなっている。
それをメインに、各方向からの力に耐えられるよう、斜め方向に補強材が取り付けられている。
橋脚や河床の石畳は、造り直された記録はなく、おそらく、創建時のままであろうといわれている。

この橋のアーチは、円弧であると考えられていたが、カテナリー曲線(吊るした紐が自然になす2次曲線状のカーブ)の可能性を指摘する研究者がいる。
おそらく、木材の圧縮代を見越し、想定よりも高く組み、木材の乾燥と圧縮により自然に馴染む。それが結果的にカテナリーに近いのではと、思ったが・・・。

オリジナルの橋脚は、川床に杭(マツ材)を打ち、敷石で固めて流水による浸食を防ぎ、橋脚の基礎となる部分には基礎枠(マツ材)を組み、その上に橋脚となる石積みをしている(隙間は漆喰で埋める)。

しかし、完成の翌年、この橋は洪水によって流失した。
その結果、徹底的な橋脚下部の改良が行われ、敷石を強化して再建された橋は、昭和期まで250年以上流失することなく、その姿を保った。

錦帯橋 橋脚を上から見る 橋脚の回りには、敷石が敷かれている。

一般的な現在の橋脚でも、橋脚のまわりは水流でえぐられ、他より深くなっている事を目にしたことはあるだろう。
錦帯橋では、橋脚の周りに敷石を敷く事によって橋脚を保護している。

両岸や川底も、広い範囲で石畳となっている。
川底の変形から水流が橋脚へ集中するのを防ぐ対策である。

他にもこの橋を水害から守るため、様々な対策がなされている。
橋脚は、両側(水流方向)を船首状に尖らせ、洪水時の圧力を逃がしている(画像上)。

錦帯橋流失 再建以来、276年もの間、水圧に耐えて流失することのなかった錦帯橋だが、昭和25年9月のキジア台風による洪水で、橋は橋脚部分を含めて流失してしまった。
原因としては、戦時中に松根油を採るなどして、山を荒らし、これが洪水を助長。また、進駐軍の岩国基地滑走路拡張のため、錦帯橋の下河原の砂利を大量に採ったことから、水流が変わり、橋脚近くの敷石が剥がれた等が考えられた。

近代工法を取り入れた改良を施し、オリジナルのスタイルを残しながら、昭和27年12月26日、再建が終了。

所で、この橋は、どうやって作られたのか?。
興味と関心を抱く部分である。

概念設計。
設計手法。
部材の寸法管理、クォリティコントロール。
施工管理。
全てに、高度な経験と技術が必要である。
非常に優秀な技術者がいなければ実現は難しかったはずである。

以下は実際の設計・製作過程。

錦帯橋 テンプレート製作 1. 構造図を参考に現寸大の図面を描く。

2. 現寸大の図面から部材ごとのテンプレートを製作(テンプレートは変形の少ない木材を使用/現在はヒバ材を使用)。
次に、テンプレートを実際に並べ、加工誤差を調整する(画像下から2枚目)。
テンプレートには、各部材の詳細や橋全体の情報を書き込み、エラーの発生を防止。

錦帯橋 テンプレートを並べて確認 3. テンプレートを木材に当て、墨付(形状転写)の後、加工。

4. アーチ部分の仮組。加工された部材は、先ず地上で仮組し(陸組ともいう)、調整を行う(画像下)。

5. 部材を橋脚上に運び、架橋作業を行う。

錦帯橋 部材を地上で仮組 やはり、原寸図を描いたのである。
円弧状などの巨大建造物は原寸作図を行うのが、最も正確に各部寸法を得ることができる。

所で、円弧の正確な作図は、たいへん重要なポイントである。それはどのように作図されたのか?

考えるのは以下の2点。
1. 巨大なビームコンパス、と言っても単なる長い板(もしくは紐類)を用い、紙上(板上)に円弧を描く。

2. 墨を浸した紐を下げ、両端と高さの3点を通る円弧を紙(板)に転写。 この場合、円弧と書いたが、実際は円弧ではなく、カテナリー曲線となる。

以上2点。素人の妄想。
先に、カテナリーについて触れたが、作図方法によっては、学者が指摘するように、アーチ部分はカテナリー曲線の可能性もある。

努力、英知、そしてロマン。 時代を超えて存在してきた素晴らしい遺産。
しかし、関係者の大変な努力によって成されて来たことが、岩国市のホームページを見ると分かる。
岩国の、そして、日本の誇り。

画像は、岩国市公式ホームページ「錦帯橋」より転載させて頂きました。