興味の壺

メカデザイン、機器デザイン、プロダクトデザイン、伝統的アーキテクチャー等を紹介します。

長府毛利邸

歴史に関するトピックでは、下関はしばしば登場する地名であり、舞台だ。
しかし、今までは通過するだけで、立ち寄った事はなかった。
いや、幼い頃、関門トンネルを渡り、大きな鯨のフィギアで有名だった水族館に行った記憶が、おぼろにあるので、行ったことはあるのだが・・。

開通して間もない海底関門トンネル(注1)は、当時の人気観光スポットだった。
トンネル内は、車道と歩行者用とに分かれていて、歩道は、エレベーターで下り、歩いて関門海峡海面下を渡る。
家族や、多くの観光客に混じってトンネルを歩いたことを覚えている。

水族館は、今でもある。下関市立水族館海響館という。
巨大な鯨のモニュメントが有名だったので、下関は捕鯨基地だったのだと思うのだが、水族館のサイトでは、捕鯨に関しての記述はない。
施設の大屋根が、大型水生生物(クジラ、イルカ)をイメージしていることと、水族館のマークが尾びれの形をしていることが、以前の歴史を仄かに留めている。

そんな下関へ、去年の11月初旬、所要で立ち寄った。
多くの歴史的な建物、神社、仏閣があり、武家屋敷が残り、由緒正しい歴史の街が静かに迫ってくる。

長府毛利邸 外観 多くの名所があり、選択に困るが、取り合えず長府毛利邸(注2)へ。

明治36年、長府毛利家14代当主、元敏公によって建てられた邸宅。
明治天皇の行在所(あんざいしょ)としても使用され、津軽家に嫁がれ、常陸宮華子妃殿下の御生母となられた久子様も、この御屋敷で幼少時代を過ごされという。
書院作りの母屋と、純和風の庭園が落着く。

折りしも、昨夜のTV番組「ビフォーアフター」(2013年3月24日放映)で、室内と屋外との一体化を目指したと説明をする、ル・コルビジェの影響を受けた様子の建築家のマスターベーションを押し付けられた、気の毒な住宅が紹介されていた。

どういう訳か、今だにコルビジェに拘る日本の建築家は多く、明かに落着かないと思われる住宅を造っている例を見るが、すでに、伝統的和風建築は、環境と一体化しているのではないかと思う。
これを、どう再解釈し、コンテンポラリィなスタイルとして成立させるかは、コルビジェに求めなくても、雛形はここにもある。

尤も、日本の伝統建築と、モダニズムの近親性は論じられてはいるようである。
重ねて言うなら、西洋の煉瓦積み建築に対し、ポスト&ビームによる木造建築は、近代建築の理念に適合性があるというもの。
もとより開放空間であり、また、ランドスケープの中に完全に融和しているのを、毛利邸で再確認した。

長府毛利邸 室内 和風建築は、基本的に建物の湿気対策と、夏の快適さに重きを置いている。
伝統的チープ住宅で暮らし、冬の寒さに苦労してきて思うのは、長府毛利邸の冬も寒いだろうなという事だった。

注1:正確には、関門国道トンネル。上部2/3が車用で、下部が歩道、自転車用。1958年3月9日に開通。
列車用は、関門鉄道トンネルで、世界初の海底トンネル。1942年7月1日開通。
注2:長府毛利邸 / 下関市長府惣社町 4-10