興味の壺

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SKYACTIV-G

マツダの次世代車両技術が注目されている。
「SKYACTIV(スカイアクティブ)」という。
この技術を採用した初の車両である「デミオ」が2011/6/30発売された。
承知のように、新エンジンを搭載したデミオは、ハイブリッドシステムを搭載せず、10-15モード燃費30km/Lを実現した。
これは、ホンダの「フィットハイブリッド」と同値である。

「SKYACTIV」は、次の要素技術からなる。
(1)世界一の高圧縮比14.0を実現した、次世代高効率直噴ガソリンエンジン「SKYACTIV-G」。
(2)世界一の低圧縮比14.0を実現した、次世代クリーンディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」。
(3)次世代高効率自動変速機「SKYACTIV-Drive」。
(4)軽快なシフトフィールと大幅な軽量・小型化を実現した、次世代手動変速機「SKYACTIV-MT」。
(5)高い剛性と、最高レベルの衝突安全性を実現した、次世代軽量高剛性ボディ「SKYACTIV-Body」。
(6)正確なハンドリングと快適な乗り心地を高次元でバランスさせた、次世代高性能軽量シャシー「SKYACTIV-Chassis」。

「SKYACTIV-G」は、効率を徹底的に高めたガソリンエンジン。
効率を阻害するエンジンの主な損失は、以下の4項目。

■排気損失
まだ利用できる熱量を排気ガスとして捨ててしまう。

■冷却損失
燃焼ガスが、シリンダー壁面などによって冷却され、エネルギーを失う。

■機械抵抗損失
エンジン内部の摩擦による損失。

■ポンプ損失
空気の吸入や排気の抵抗による損失。

「SKYACTIV-G」は、これらの損失を出来るだけ小かくして効率を高め、燃費とパワーを高めようというものである。

以下は、マツダの具体的な対策。

■驚異の高圧縮比14
排気損失の低減には、圧縮比を上げるのが有効な手段である。

混合気に点火後、燃焼ガスは膨張し、ピストンを押し下げる
ピストンを押し下げると、燃焼室の圧力が下る。同時に温度も下がる。
圧縮比を上げると、燃焼ガスがより低圧・低温になるまでピストンを押す。それだけ取り出せるエネルギーは大きくなる。
つまり、捨てるエネルギー(排気損失)が少なくなる。
よって、同じ量の燃料から、より大きなパワーを出せる。
パワーを同じにすれば、燃料は少なくて済む。
(従来のエンジンでは、圧縮比10〜12程度が普通)

しかし、高圧縮比にした場合、ノッキング(ガソリンの異常燃焼)によりトルクが落ちる。
ノッキングの発生メカニズムは、圧縮時の温度上昇である。
温度上昇の原因は、シリンダー内に残っている残留ガス。
解決策としては、できるだけ残留ガスを追い出すこと。

残留ガスを効果的に除く手段として採用したのが、昔からのレーシングエンジンに採用されてきた「タコ足」と呼ばれる、4-2-1タイプの長いエギゾーストシステムだった。
これにより、シリンダー内に残留ガスは、8%から4%に半減した。残留ガスが減れば、シリンダー内の温度が下がる。
結果として、圧縮比を従来より3ほど高くすることができた。
圧縮比が3高くなると、燃費は8〜9%向上する。
しかも、排気ガスの吸い出し効果を高めたことで吸気効率が上がり、実用域でのトルクが向上した。

燃焼時間の短縮も効果的で、そのためにシリンダー内の空気流動を強化し、マルチホールインジェクターによる噴霧特性改善や、噴射圧力の強化によって、均一で流動が強い混合気を生成。
また、ガソリン直噴による吸気冷却効果を促進するために、噴霧パターンを改良。ピストンを耐ノック性が高い形状に変更している。

■冷却損失対策
冷却損失については、ピストン上面のキャビティにより、着火初期の火炎がピストンに接触して冷えることを防ぎ、損失を減少させている。
またシリンダーのボア(口径)を現行2Lエンジンの87.5mmから83.5mmに縮小。これによって燃焼ガスと接触する燃焼室壁面の面積が減り、温度低下を防いで熱効率を高めている。

■機械抵抗損失対策
機械抵抗損失面では、往復回転系パーツを軽量化して摩擦を低減すると共に、エンジンのレスポンスを高めた。具体的にはピストンとピストンピンを20%、コンロッドを15%軽量化。
ピストンリング張力37%低減、クランクシャフトメインジャーナルの径を6%、幅を8%低減。バルブ駆動にローラーフィンガーフォロワー採用で、動弁系摩擦力を50%低減。
トータルで従来型エンジンに比べ、機械抵抗損失を約20%低減している。

■オイル潤滑系の損失対策
オイルの潤滑システム自体も見直され、オイルの通路を短く、出入り口の形状も工夫することによりオイルを圧送する際の抵抗を3割近く低減させている。
これによって、オイルポンプの容量を、約1割小さくできただけでなく、負荷やエンジン回転数に応じて吐出圧を2段階に制御する可変機構を搭載し(電子制御式可変油圧小型オイルポンプ採用)、駆動損失の削減に成功している。

■ポンプ損失対策
ポンピングロスを減らすため、電動の連続可変バルブタイミング機構を吸気側に採用し、ミラーサイクルを採用。

ミラーサイクルとは、ピストンが下死点を過ぎて吸気バルブが閉じるという、遅閉じという方法によってシリンダーの容積以下の混合気(直噴の場合は空気)しか吸い込まず、燃焼後は容積一杯(下死点)まで膨張させることから燃料のもつエネルギーをより無駄なく取り出す方法。

低負荷時にはミラーサイクル状態で作動させるため、圧縮比は14を下回るが、高負荷時にはバルブを早く閉じ、ミラーサイクルを抜けることで14の高圧縮を実現している。
高圧縮エンジンだからこそミラーサイクルが効果的となる。

■その他
1.アイドリングストップ機構「i-stop」の搭載。

2.低ころがり摩擦タイヤの採用。

3.減速時に発電させ、エネルギー回生を行なう充電制御といった補機類による効率化。

4.スパークプラグも従来より細いサイズを採用することで、ヘッド回りの冷却性を確保しやすいものとする。

5.空気抵抗の低減。
デミオ13-SKYACTIVのCd値は0.29。この値は、コンパクトカーとしては、実に秀逸。

空力に関しての開発者の興味深いコメント。

空力は燃費のためじゃなく、“伸び感”の向上を狙った、という。
高速道路を利用して、インターチェンジから本線に合流する時のことをイメージしてほしい。加速車線でアクセルを踏んで加速していくと、最初は強い加速感が感じられるが徐々に弱まり、実際の車速の上昇も鈍ってくる。これは速度が上昇するほどに空気抵抗が増していくのも大きな原因。

「パワーのあるクルマなら強引に加速していくこともできるが、燃費性能も重視したコンパクトカーでは難しい。でも加速の伸び感は、クルマを運転している中で非常に気持ちのいい感覚なんですね。それを実現すべく空力を追求したんです」

アンダーフロアを樹脂製のパネルで覆ってフラットボトム化を図り、タイヤの前にはディフレクター(ストレーキ)と呼ぶ整流板、リヤゲートにはスポイラーも装備。
高級なドイツ車ではなく、100万円台前半の国産コンパクトでの話である。

6.非ハイブリッドの意味。
デミオの10-15モード燃費(30km/L)は、ホンダの「フィットハイブリッド」と同値である。しかし、内容において決定的な違いがある。

フィットハイブリッドは、バッテリーやモーターの重量でデミオより100Kg程度重い。これが加速、運動性能に、どれだけネガティブな影響を与えるか、ここで述べるまでもないだろう。
また、高価なバッテリーは、車両価格に跳ね返る。マツダがハイブリッドではなく、従来技術にこだわった理由の1つが理解できよう。

7.高圧縮比エンジンの意味。
エコ運転が奨励されている。
加速ポンプを作動させないよう、アクセルペダルを、そーっと踏み込む。
せいぜい、踏みしろの1/4程度だろう。
デミオは、その必要がない。加速が必要なときには、ガッと踏み込んでいいという。
燃費が悪くならないのだ。 エンジニアは、踏みしろの7/8程度までだったらOKという(!!)。
高圧縮の効率の良さを始めとし、空力、タイヤ、標準軽量アルミホイール等々、エンジニアの技術の結晶。

まだやれる事がある。
ハイブリッドではなく、従来からの技術の延長でのこの成果に、人は驚き、評価した。しかも、エコなだけの鈍重な小型車ではなく、運転の楽しさを、けしてないがしろにしない。

マツダのクルマ作りへの誇りと、深いこだわりを見た。

参考資料:Response