興味の壺

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新型トロイダルCVT

日本精工株式会社製トロイダルCVT長い間期待され、待たれていた新型無段変速機が、日本精工株式会社(NSK)から発表された。
しかも、FF車用である。

今回発表されたものは、トラクションドライブ(注1)と呼ばれる動力伝達方式を用いた変速装置で、トロイダルCVT(Continuous Variable Transmission)(注2)というものである。
オートマチックトランスミッション(AT)や、金属ベルト式CVTを凌駕する省燃費を実現するという。

従来のギア式自動変速機は、ギアを複雑に組み合わせながら変速させる。
ギアの摩擦により、ロスが生じるため、燃費にも影響する。これに対し、トロイダルCVTは、ギアを使わずに、円盤とローラで動力を伝える。
エンジン側と、出力側の円盤のあいだにあるローラの傾きにより、なめらかに変速する。そのため、動力のロスもなく、燃費も改善する。

アイデアは20世紀初頭からあった。
ギアを使わず、円盤とローラで変速すれば、効率はいいとわかっていても、だれも実用化できなかった。
金属と金属が接触しながら動力を伝えるとき、摩擦が不可欠だが、動力のロスの原因ともなる。あるいは、パーツが削り取られて摩耗したり壊れたりするからだ。

製品化までは、途方もない試行錯誤と、熱意の持続が必要だった。
円盤とローラが、摩擦のために破壊される。どうして厚さ1cmもある鉄の円盤が割れるのか。原因を追究していくと、不純物が原因だということが判った。
不純物を排除し、遂に世界最高純度の鉄にたどり着く。

鉄を焼き入れして硬くする「浸炭」という技術がある。
昔からある技術である。だいたい900度〜1000度程度に熱し、油で冷やして硬くする。硬くし過ぎると、割れたり壊れたりする。それを防止し、表面だけ硬くして中を柔らかくする。
所が、やってみるとあっさり壊れる。表面の硬さが足りなかった。より硬い浸炭をやらないといけない。ところが、硬くしすぎても割れる。

浸炭は、通常だと表面からの深さが0.3mm〜0.7mm程度である。
硬い層が非常に薄い。普通ならこれで充分である。それでも処理に3時間くらいかかる。
トロイダルCVTの場合、理論的に3o程度は必要だという。3oの浸炭など、常識では考えられない。処理にも48時間はかかる。
誰も相手にしない。
東北大の熱処理の専門家がサポートしてくれ、見事に寿命が10倍位伸びた。
ここでひとつのブレークスルーがあったと、技術開発本部長、町田尚氏は言う。

NSKは、1978年にハーフトロイダルCVTの開発に着手。
本業である軸受製造技術を用い、非金属介在物を限りなく取り除いたCVT用の超高清浄度鋼(CVT鋼)を開発。更に高度な浸炭窒化熱処理技術や、超精密表面加工技術などを用い、世界で初めて自動車用としての耐久性を満たす、パワーローラとディスクの開発に成功。
1999年に世界で初めて、自動車向けハーフトロイダルCVTの実用化に成功し、日産の高級乗用車「セドリック」と「グロリア」に搭載された。
その後、搭載は中止されたが、NSKでの開発は続けられ、今回の発表となる。

従来のトロイダルCVTは、スペースの関係で、「セドリック」のような、大型後輪駆動車(FR車)しか搭載できなかったが、構成部品をコンパクトにし、内部仕様を見直した結果、従来よりも全長を約2割短くでき、FF車への搭載を可能にした。

従来品の優れた伝達効率を更に高め、摩擦損失を半減し(高効率化:93% → 97%)、従来品に比べて、変速比を拡大(ワイドレンジ化:4.3 → 6.5)することで、幅広い車速領域で、エンジン回転数を下げることができた。
また、約3割の軽量化を果している。

NSKでは、円盤とローラの素材の研究、潤滑油の研究など、この問題を解決するのに21年かかっている。
原理は簡単だが、球状のツルツルの金属同士が接触してエンジンのパワーを伝達する。
誰もが上手くいくとは考えない技術。しかし、やればできるものだ。
可能性は自ら閉ざさない。自己信頼と絶え間ぬ努力。

リッター30Kmを超える車も登場している。まだまだ、内燃機関の需要は続く。
更なる省エネ技術の1つとして、NSKのハーフトロイダルに期待する。

図解:トラクションドライブの原理

注1:トラクションドライブ
転がり接触による動力の伝達方法。
円筒状の物体(回転体)が、油膜を介して、互いに押し付けられた状態で、一方の回転体から他の回転体に動力を伝達する方法。

通常、油を供給するのは、摩擦を少なくして抵抗を小さくするのが目的である。
所が、トラクションドライブは、まったく逆で、接触圧力を大きくしていくと、粘性係数が大きくなるという油の特性を利用した伝達機構で、油膜のせん断力(変形に抵抗する力)によってトラクションが発生する(滑りにくくなる)と考えられている。

現在のトラクションドライブオイルは、化学合成油が用いられ、一層滑りにくくなっている。
またオイルには、当然のこととして、転がり面の熱の放散、摩耗、焼き付きといった表面損傷防止のための機能が要求される。

注2:トロイダルCVT
トロイダルCVTの変速原理は、イラストを見るとおり、シンプルなものである。
トロイダル方式には、フルトロイダルとハーフトロイダルの2種類がある。
ハーフトロイダルでは、パワーローラーにスラスト力が発生するため、これを支持する大容量のスラストベアリングが必要になってくる。
フルトライダルは、パワーローラー部におけるスピンが大きく、その大きさは、ハーフトロイダルの7倍程度にもなるという。そのため、厚いパワーローラーは使用できない。

[参考資料] Tech-On:日本精工、FF車に積めるハーフトロイダルCVTモジュールを出展
Tech-On:トロイダルCVTは「ハーフ」か「フル」か? 新型ミッションの熱き戦い
東北大学機械系瀬名秀明がゆく:無段変速機「ハーフトロイダルCVT」21年の挑戦 NSK:ハーフトロイダルCVTパワートロスユニット
自動車用ハーフトロイダル型IVTの研究 / 今西 尚